【協同ネット通信 No.86 ② 現場レポート】フリースペースコスモ
コスモ夏のとりくみ
三鷹市小中学生の居場所
困難を乗り越えた仲間との「対話」
冒険の始まり
今回紹介するのは「四万十川冒険旅行」でのメンバーと私たちスタッフのひと夏の物語。四万十川の約70キロ地点から10泊11日をかけて河口を目指して歩いていく取り組みである。今回参加したのはメンバー4名(中学3年生3人、小学6年生1人)とスタッフ2名。4月からコスモのスタッフになった私は冒険旅行の参加は初めてで、準備のイメージも無く、話し合いもどこから進めていくのか見当もつかない。メンバーとの関係性もまだまだ発展途上の状態。そんな私が今回の冒険旅行に行って何が出来るのだろうか?不安を抱えたまま準備が始まった。
皆と作る旅とは何だろう?
5月終わり、冒険旅行の準備が始まった。特に印象深いのはスローガン決めの場面だ。それぞれが自分の想いを言葉にしていき、共通の目標を作っていく。中3Aの目標「皆で脚を引っ張りあえる旅」には誰かが大変な時は頑張れる人が支える、お互いに支えあえる旅にしたいという想いが込められていた。彼の言葉をきっかけにTも「これが仲間だって皆に自慢できる旅をしたい」と目標を伝えてくれた。皆で支えあえる仲間になるには何が必要なのか?皆で意見を伝えあうと「対話」が必要なことに気づいていく。「」と「脚を引っ張りあえる旅」、この二つを混ぜて出来たのは「八人九脚」というスローガンだった。へんてこだけど、皆の想いが詰まっているこのスローガンを胸にようやく旅が始まった。
本音でぶつかり合う旅の果て
四万十川冒険旅行本番では、予期せぬ出来事が我々を襲った。4日目の夜の雨を皮切りに、5日目にはゲリラ豪雨で歩くことが出来ず予定よりはるか手前の休憩所で休むことになった。そんな時、Оの「本当に冒険だね!」とTの「色々不安だったけどここまで皆に支えてもらった気がする」こう言った言葉の数々は大変な状況にあった私たちを明るく前向きな気持ちにしてくれた。言葉にする事でどんな状況も乗り越えられる「対話」の大切さを皆が感じた出来事だった。
最終日前日、天候に振り回されながら困難を乗り越えやっと見えて来た、ゴール手前あと3キロのところで突然サイレンが鳴り響く。7月30日カムチャッカ半島での地震の影響により津波注意報が発令された。こんなに離れた四万十川まで被害が及ぶとは皆が想像もつかなかったが、ひとまず急いで高台の休憩所に避難した。普段と変わらない町の様子でもゴールに向かえない事に段々とメンバー達の苛立ちは募っていく。「ここまで頑張ってきたのに最後にゴール出来ないなんて何だよ」「この旅がこのまま終わったとしたら、最悪な気持ちのまま振り返るのか」不安と焦りがメンバーを包んでいく状況に、私はどうすればいいのかわからなかった。この夜、私はメンバーに向き合う事の不安から、一人になりたくなりテントを飛び出した。この時、皆は私が川に落ちたのではないかと必死に探し回ってくれていた。そんな事は露知らず、帰った私はここで皆に心配をかけていたと気づく。呆れと怒りの表情を浮かべるAと私はこの夜テントで本音を語り合うことになった。「スタッフとして、いや同じ仲間として何を考えているんだ」感情のこもった言葉を受けて、私も本音を伝えた。ゴール出来ない不安、自分がスタッフとして上手くやり切れていない気持ちまで全てを。「僕はゴール出来なくてもいいと思ってる。ここまで色んなことを皆と経験できたでしょ。その過程が大事だったから」Aの言葉はこの旅の本質を捉えていた。この旅の道中、皆と過ごした時間が一番大切だった事にようやく私は気付かされた。
最終日は奇跡が起こり、時間ギリギリに津波注意報が解除されゴールの河口までたどり着くことが出来た。河口では皆が笑顔で写真に写る。長かった冒険旅行のゴールを皆で噛みしめた瞬間だった。

今回の冒険旅行では私自身も多くを学ばせてもらった。子ども達と向き合う実践において、スタッフとして何が出来るのだろうか?と今回も悩みは尽きなかった。そんな私を横目にメンバー達は自ら考え、時に悩みながらも伝えあう事でどんな困難も乗り越えていった。それはメンバー達が作った「過程」が大事だったことを表している。本音を伝えあった時はスタッフとしてではなく「仲間」として分かりあいたいと思えた。何かを与える存在としての自分ではなく、共に学びあえる存在としてそこに居る事が大事だと私はメンバーから教わった。未熟であることを認め、経験を共にし「学びあえる」喜びを分かち合えるようこれからも皆の側に居たいと願う。
(文・きくち りょう)
あこがれのその先へ
コスモの夏の企画は、近年ひとつに限らず複数が並行して進行し、リレーのように次の企画へとバトンが渡されていく。今年度は、四万十冒険旅行からバトンを受け継ぎ、私はメンバーと共に「富士登山冒険旅行」に挑戦した。
支えられる側から支える側へ
小学6年生のYは、大きな期待と憧れを胸に、強い意志をもって今回の富士登山を提案した。Yは小学1年生からコスモに在籍し、最年少のメンバーとして活動を続けてきた。日常企画、農業体験、夏の企画など、あらゆる活動に積極的に参加してきたが、常にその中心には年上のベテランメンバーがいた。活動の場では「Yはどうしたいか」「Yはこれができるか」といった配慮を受けながら、周辺的に関わる形で過ごしてきた。周囲から“ちび”扱いされることに不満を口にする場面もあったが、重要な場面ではその側面が表れ、企画の核に関わろうとする意思は当時はまだ薄かった。
しかし小学4年生頃から、Yの姿勢に変化が見られるようになった。周辺的な関わりから一歩踏み出し、自らの意志で自治への参加を意識するようになったのである。ミーティングでは他者の意見に耳を傾け、コスモ歴の浅いメンバーを丁寧にフォローする姿が見られた。それは、かつて自分が支えられてきた経験を、今度は自らが他者に向けて返そうとする姿勢であり、先輩たちの気持ちやコスモの文化を引き継いだ瞬間であった。
成長の実感とその先に
今年度に入り、Yの意識はすでにコスモのその先を見据えていた。コスモを巣立ち、次の進路へ進もうとする中で、「やり残しのないように」という思いと、「仲間と共に創る」という意識が強く感じられた。旅程は2泊3日。富士登山は、2年前に挑戦した先輩に憧れていたYにとって、念願の企画であった。
今回の登山メンバーの中で最年少のHは、コスモ歴2年目。やる気は人一倍ながら、右も左も分からない状態での参加であった。その姿は、かつてのY自身と重なる。だからこそ、Yは準備段階からHに積極的に声をかけ、小さなことにも丁寧に寄り添いながら、物理的な準備だけでなく心の準備も共に進めていった。本番を迎えてもその姿勢は変わらず、Hの様子を常に気にかけ、気持ちを引き出し、楽しませていた。そのためか、Hは同じ登山メンバーの中でも特にYを頼りにしていた。年齢が近いからでも、隊長だからでもなく、自分の質問や不安、喜びに寄り添ってくれる存在として、Yを選んだのである。山頂に辿り着いた瞬間、「やったね」と交わされたYとHのハイタッチには、達成感とともに、憧れや文化が次の世代へと確かに受け継がれたことを感じさせる力があった。

あこがれの連鎖がこれからを育む
コスモの夏は、自分自身への挑戦であると同時に、他者との関係性や協同によって旅を創り上げる営みでもある。そのため、「挑戦」という言葉の意味は、コスモで過ごす中で年々広がっていく。夏の企画は、得られた自信や課題、さまざまな感情を通して、次の進路を考えるための区切りであり、成長のステップでもある。私たちスタッフは、これからもYの成長を傍らで見守り、共に歩んでいきたいと願っている。ただし、コスモを巣立つ時期は本人が決めるものである。どのような選択であっても私たちはそれを応援し、自ら次のステップを選び取ったYを誇りに思う。Yはきっと誰かの憧れとなり、その憧れの連鎖が学びを育み、コスモの文化を継承しながら、次なる挑戦へとメンバーを導いていくことになるだろう。
(文・なりた さな)
※この記事は、当団体が発行している広報誌「協同ネット通信」No.86に掲載された内容をWeb用に再編集したものです。


