【協同ネット通信 No.89 特集】フリースペースコスモ 夏のとりくみ

富士登山冒険旅行 2026

コスモの夏と言えば、「冒険旅行」。どこに行くか、何をするか、話し合いを重ねて自分たちで決める。安心で快適な日常を飛び出して、非日常に挑戦したいというエネルギーの源は、時には先輩への憧れ、時には「あなたと行きたい」という仲間への想い、時には過去出来なかったことへの再挑戦、など様々だ。今年は3年ぶりに、海抜0メートルから富士山頂3776メートルまでを4泊5日かけて歩く「ゼロ富士」に挑んだ。

最後の挑戦

コスモで長い時間を過ごしてきた中学3年生のRは、小学6年生だった3年前の夏、ゼロ富士冒険旅行に挑戦しようと年上のメンバーたちと共に練習を重ねたが、本番3日前にして不参加という選択をしていた。当時のRは自分の荷物を背負って練習を歩ききる事が体力的に難しく、練習の翌日は疲れて動けなくなる、休みの連絡もなかなかしないという状況だった。当時はあまり言葉にならなかったが、この体験をどう感じていたのだろうか。―今年度に入ってから、不器用でめんどくさがりだったRの過ごし方がなにか違う。当たり前に毎日朝からコスモに来ている、ミーティングでは前に出て引っ張ろうとする、自分でやりたいと言ったことをやろうと行動する。この頃にはRは「今年を逃したらもう冒険旅行には行けない、最後のチャンスだ」と挑戦への覚悟を決めていたようだ。コスモで過ごす最後の夏、なりたかった自分になろうとする想いを強く感じた。
しかし今年の夏ゼロ富士に挑戦したいと集まった他のメンバーたちも、3年前のRと同じく、頑張りたいという想いがあっても動けないメンバーが多かった。練習やミーティングが始まっても、なかなか全員がそろうことができない日々が続いた。スタッフとしては不安はあったが、“今、できないこと”に注目するよりも、それぞれの“なりたい自分”や“成長したい想い”を重ね合わせながら準備を進めていった。

悔しさを知るからこそ

そして迎えた冒険旅行初日。天気にも恵まれ、スタートの海面タッチをしてからまずは意気揚々と歩き始めた。しかし、冒険旅行はいつだって予定通りにはいかない。旅にはハプニングがつきものだ。練習では頑張っていた最年少Sは、初日から毎日「つらい、もう歩けない」と涙を流した。メンバーたちは時に荷物を分担して持ったり、行動食を分けてあげたりしながら、一生懸命Sを励まして歩みを進めた。
3日目、とうとうロードを歩ききり、富士山へ足を踏み入れる日を迎えた。Sの不安はピークを迎える。みんなが「一緒に山頂に行こう」と言うとSは「もう無理だから帰りたい」と言い、みんなが「じゃあここまでにするか」と言うとSは「もうちょっとだけ歩こうかな」と言った。歩けない、歩きたくない、疲れて家に帰りたいという気持ちと、それでも捨てきれないみんなと一緒に山頂へ行きたい、行けるかもしれないという気持ち。Rはその葛藤を支えようと、泣きながら歩くSの横に立ち、背中に手を回し、声をかけ続けた。途中で諦めたくなる気持ちと諦めた後の悔しさを誰よりも知っているからこそ、Rは優しかった。
Rを含め全員が「この仲間と全員で山頂に行きたい」と願い、支え合いながら進み続けた。気がつけばSの涙は止まり、力強く歩いている。山頂へ近づくに連れ変化する圧倒的な美しい景色が、これまでの疲れや日常の悩みを吹き飛ばし、みんなの心を奮い立たせた。そして、一歩一歩進んだ先に、見事全員で富士山頂に立つことが出来た。晴天の下、みんなの笑顔は忘れられないほど眩しかった。

長い長い準備の果てに


山頂へと歩く道中で、これまで進んできた道が後ろに続いている景色を見て、Rがぼそっと「ひとって時間さえかければなんでも出来るのかもね」とつぶやいた。それはなんて実感のこもった言葉なのだろうか。周りよりも何倍も時間がかかった。それでもRは夢にまで見た富士山頂に、3年と4泊5日かけてやっとたどり着いたのだった。

これまで練習やミーティングでは仲間を待たせる側だったRが、今年仲間を待つ側になって初めて、“あの時の自分はなぜ動けなかったのか”、“あの時どんな言葉をかけてほしかったのか”と過去の自分へ、そしてこれまで待たせた仲間たちへと思いを馳せていたように思う。気持ちと身体は、すぐにつながるわけではない。一人ではすぐにいじけてしまう心、そんな心に引っ張られ動けなくなる身体、不安や迷いを抱えながら、それでも挑戦したい想いを持ち続けてきた。3年前のリタイアを“不参加”の一言で片づけてしまうのは簡単だろう。しかしRは、その体験から逃げなかった。自分の願うように動きたくても動けないもどかしさ、一緒に行きたいと願う仲間からの想いに応えられない悔しさ、なによりもそんな自分自身に対する情けなさ、当時はうまく言葉にならなかっただろうたくさんの気持ちを忘れずにちゃんと自分で持っていたのだった。
人が育つという事は、時間がかかる。他者への憧れや自分への悔しさを積み重ねて、ある日突然グイッと動き始める時が来る。その時を信じて待つ、共に待つ。それが出来る場であり続けたいと願っている。

(文・よねはら しの)

※この記事は、当団体が発行している広報誌「協同ネット通信」No.89に掲載された内容をWeb用に再編集したものです。